君の名は

201301kiminonaha

昨年の夏に老人ホームへ入った近所のおばあちゃん(梅村さん)のことがなんとなく気になりながら、そのまま年を越してしまった。新年のあいさつということで、頂き物のみかんを手土産に訪ねてみることにした。
聞いていた入所先「ふるさと」の場所はすぐわかった。受付で、
「梅村さんに面会に来たのですけど」と言うと、
「そのようなお名前の方はいらっしゃいません」。
「去年の夏くらいにこちらへ来られたはずなんですけど…。住所は新町の方で…」
「それならもうひとつの施設、悠々の里だと思います」
お礼を言って、「ふるさと」を辞し「悠々の里」へ。
すでに「ふるさと」からの問い合わせがあったので、事情がわかっている「悠々の里」では、職員と思しきおばちゃんが入り口で待っていた。私を迎え入れるなり、少し言いにくそうに
「だいぶ痴呆がすすんでおられまして、わかるかどうか…」
もともと人付き合いの良いほうではない梅村さんだが、ホームに入ってますます人と話さなくなって痴呆がすすんでしまったのだろうか。
緊張して梅村さんの部屋に入る。すると梅村さんの顔が、わたしの記憶している梅村さんと全く違うではないか! てか、似ても似つかない!!
髪型のせいだろうか。それにしても3か月かそこらでこんなに変わるか!? しかも、悪い意味での変わり方ではなく、むしろいい雰囲気への変わりよう。
しかし表札には確かに梅村さんのフルネーム。ううむ。
「どちらさんですか?すみませんね。最近物忘れがひどくて、あなたの顔が思い出せないんです」
私も思い出せないよ!! 梅村さんの面影を探しつつ、自分の混乱はさておき、相手を混乱させてはいけないと、つとめて落ち着いた笑顔で
「あ、あの、向かいに住んでいたレイザルです。お元気そうでよかったです」
「ええ、ここにいるとなんでもしてもらえるので安心です」
言ってることは松村さんっぽい。「膝の痛いのはどうですか?」
「膝は全く大丈夫です。ただ足首の腫れがね…」
ビミョーに話が食い違うのは相手の痴呆のせいではなく、わたしの勘違いでは…。
思えば、声も背丈も身幅も壁にかけてある洋服も、梅村さんのものではない気がする。ってことはやっぱり他人?
「すみませんね。思い出せなくて」と何度も謝る「梅村さん」。
いたたまれずお土産のみかんを置いて失礼した。
帰り際にもういちど受付のオバちゃんに、
「去年の夏に入られた梅村さんですよね?」と念を押すと、
「去年? 梅村さんはずっと前からここにおいでですよ。去年の夏なら妹さんのことやろか。その方なら、ふるさとにおられるんじゃないですか? お名前とか詳しく知りませんけど」
それにしてもわたしやご近所さんまでもがずっと「梅村さん」と呼んでいた人は誰だったんだろう。プライバシーなどつつぬけのこんな小さな田舎町で、何食わぬ顔で「梅村さん」であり続けた「梅村さん」は、退屈な日常にミステリーを残した。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次