センセイの老人力

ニシオカセンセイ

7月末、ニシオカ先生と大島にドライブに行った時のことだ。
「いやあ、ほんとにレイザルさんは24,5才にしか見えませんなぁ」と言う。
「センセイ、この前は『女学生のようじゃ』って言ってたじゃないですか。ちょっとトシとってません?」と言い返してやった。
すると、
「ほ、ほ、ほうじゃったかいのォ~。ハッハッハッ」
とあわててすっとぼけた。
つい1週間前まで入院してたので心配してたけど、この笑い声を聞いてホッとした。
「センセイ、皆既日食はごらんになりました?」
「いやあ、もうそういうのは。最近はようよう目も悪くなって。もう左目が見えんようになったけん……」と遠くを見やる。
空や星を見るのが大好きで生き甲斐だったセンセイの口からそんなこと言われると・・・。
わたしはさみしくなって
「じゃあ、さっきは片目で見てたから25才なんですね。ってことは、両目なら私は50才に見えてしまいますかね?」と冗談を言った。
センセイは眼をまんまるくして、
「ハッ!アンタうまいこと言うなぁ~!ハッハッ!」
とうれしそうに笑って、お刺身定食をぺろりと完食した。
わたしはセンセイとのこんな時間が大好きだ。

高齢で心臓の悪いセンセイの体調は、自分の父親のことももあって、離れていてもなんとなくわかる。
「そろそろ入院かな~」とか、この時期なら体調はいいだろう、とか。
昼間に電話をして、奥さんが出ないときは「病院通い」と想像している。
先日も久しぶりに電話したら、「退院日」ドンピシャだった。
「わたしセンセイの具合がわかるんです」と秘密を打ち明けるように言った。
するとセンセイはなにか思い出したように、
「アンタとは何かそういうのは通じるものがあるんじゃのう。わたしも中学の教師をしてたとき、昼休みにやんちゃ坊主がアタマを私の腹にぶつけて、もう息ができんくらい苦しうなって、そしたら、ようでける男がワシの両脇を抱えてこうやって胸を開いてくれて、ようよう呼吸ができるようになった。ワシはそのあいだ、もう死ぬる、もう死ぬる……と思うとったけん。ほいで家に帰ったら、おふくろが真っ白な顔で、アンタ、昼になんかあったか?と聞く。なんでじゃ、言うたら、薪で火をおこしてたとき、仕事に行っておらんはずのアンタが後ろに立っておった、言うんじゃけん。おふくろはワシになにかあった、と思ったんじゃね。
いやあ、以心伝心というか、不思議なことがあるもんですな」
と一気に語った。
「そうなんですか……」としみじみしてると、再びセンセイが
「しかしなんですな、不思議なことがあるもんですな。ワシが中学の教師をしていたとき……」とまた同じ話をはじめた。否定するのもアレなんで、
「そうなんですか……」と返事をした。
するとしばらくしてまたポツリ。
「しかし不思議なことですな……」
結局、奥さんが買い物から帰ってくるまで5回ほど同じ話を繰り返した。
わたしはセンセイの繰り返される話にいつか新展開があるのでは、と期待してつい何度聞いてしまう。

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