鬼コーチは食材、とくに調味料にこだわっていた。能登にいたから塩は当然として、しょうゆもポン酢も味噌も……転勤先で気に入ったものを買っていた。
鬼がいなくなって、食材にこだわったって早死にするんだから、塩以外はすべてスーパーの安物に切り替えていった。
ビールも発泡酒、ワインも1升800円、ウイスキーはブラックニッカ(さすがにトリスまでは落とせない)、焼酎はいいちこ、豚肉は100グラム100円以内、鶏手羽や胸肉を多用し、牛肉は買わない。
稲垣えみ子の「もうレシピ本はいらない」は鬼が買っていたが、「おまえにはまだ早い。基本ができるまでは猫に小判だから読むな」と言われていた。
本棚にあったその本を手に取った。
おもしろい。
冷蔵庫なし。コンロは1口。調味料は塩・味噌・しょうゆ・酢だけ。残り野菜は乾燥させておく。この乾燥野菜をおわんに入れて、みそを加えて湯に注げばみそ汁のできあがり。10分もあれば食事の準備は整えられるという……
でもこの本を2年前に読んでいたら、「塩は適量」「みそを入れて湯を注ぐだけ」と書かれても、その量がわからなかった。「小さじ」というのは少ない、という意味だと思っていたから、塩を小さじ1杯入れて口がひんまがっていたろうし、みそ汁の1人分はみそ大さじ1なんて知識もないから、とんでもない味になっていたろう。
「レシピはいらない」本を活用するためには、最低限のレシピは必要だった。
で、稲垣本にほだされて、カボチャやタマネギやニンジンを朝から干した。
夜、これらと厚揚げ、油ちょっとを小型フライパンに入れて蓋をして焼いた。
乾燥したニンジンは甘みが抜群で、カボチャはほとんど火を入れる必要がなくなるのがおもしろい。
大根おろしをたっぷりかけて、ポン酢をかけて食べた。
もうちょっとおいしいポン酢にすればよかった、と、この1年ではじめて思った。
コテコテ味をつける時は安物でもよいけど、素材の味を生かす時は、ポン酢の味は大事だったんだ。
そういえば、素材の味を生かした料理をつくってくれたよな。
だから調味料にこだわっていたんだな。
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