竹富島へ。
往復とレンタサイクルで2人で5000円。10時半の船に乗る。船から東横インが見えた。ファミマも最近できたという。10年前は地場のコンビニCOCOしかなかった。大手資本がどんどん進出しているのだ。
14,5メートルの風でけっこう揺れる。「冬の典型的な天気です」といわれた。
竹富に着くと、レンタサイクルの業者が迎えに来ている。
最近できた星野リゾートについて「年末になったら特別な人たちが来ます」と皮肉る。さらにもう1軒リゾートホテルの計画がある。地元で説明会を開いているという。「前例があるし、土地を持つ人間が強いですから」とあきらめている口ぶりだ。
外部資本をいっさい受け入れなかった竹富島はいったいどうなってしまったのか。
サンゴの砂?が道に敷き詰められ、石垣の家並みが美しい。10年前とかわらない。
星砂のあるというカイジ浜へ。砂を手ですくうと、けっこう星砂が見つかる。でも、きのう海中で、海藻を揺らすとぱらぱらと生きている星砂が落ちるのを見たから、ありがたみが減じてしまった。昨日の久松さんによると、縄か何かを海の中につけて星砂を養殖?しているらしい。
岸辺の岩にはりついたアオサが気になる。
口にするとアオサのさわやかな味がする。
白い砂浜と海と、沖のリーフのむこうに見える白波。カイジ浜は10年前と変わらないが「最近は売店の人もスマホしてんねんな」、木の下で土産物を売っている兄ちゃんはスマホに熱中している。10年前は本を読んでいたのではなかろうか。
サルが真剣に何かを拾っていると思ったら、打ち上げられたサンゴで文字をつくっている。「トイレ」がでけた! という。
ちょっと走ると白砂のコンドイビーチ。
墓のならぶあたりから集落のほうに走ると「ガーデンあさひ」という食堂。
その近くの「竹の子」というそば屋に入った。前回来たときは行列で入れなかった。
ソーキソバ800円、八重山ソバ600円、ジューシー300円、缶ビール350円。ソーキの軟骨がほろほろになっていておいしい。ソバの出汁も抜群。ジューシーはおそらくフウチバの風味があっていくらでも食べられそう。
スピーカーからは「きよしこの夜」や「雪やこんこん」「もういくつ寝ると」…といった「季節の唄」が流れてくる。この気候では実感がわかん。ビールのグラスはかちかちに冷えていて。いったい何月なのかわからなくなる。
「最南端の寺」の喜宝院へ。石垣の上には十二支の形の岩をずらりとならべている。10年ぶりだ。1人300円払って入る。
「土地を売らない、汚さない、乱さない、壊さない、生かす」という竹富島憲章が飾られている。司馬遼太郎がそれを評価する文章を書いていた。
なのに、星野リゾートが入ってきたのはなぜだろう。
ここは浄土真宗本願寺派の寺だから大きな仏壇もある。でも檀家がいないから維持は大変らしい。
通貨史と銘打って、ドルや軍票も展示されている。千歯扱きもある。左官がつかうコテのようなもので畑をつくっていた。鉄が貴重だったから、小さな道具ではいつくばって耕した。そもそも表土が浅いから大きな鍬などは使えないという。司馬遼太郎がこれを見て文章を記し、直木賞作家の山本一力が取材に来た。
島の人口は22年前は280人(250人)だったが、年々少しずつ増えてきた(別紙)。
しばらく見学していたら上勢頭さんがあらわれた。ちょっと頭が薄くなったけど雰囲気は昔のまま。
星野リゾートのことなどを聞かせてもらった。
まちづくりのはじまる前、もともと売られていた土地を星野が買った。アメリカ資本に奪われるところを買った経緯がある? 星野は2年2カ月で8回現地説明会を開き、それも時間無制限だった。
当初は私も慎重派だったが、知り合いに相談したら、星野が土地を売ってチャイニーズマフィアや暴力団などに買われたら大変なことになる、という助言をもらった。公民館(自治会)で3年間議論した。
土地を転売しないようにさせることが重要だった。土地保有機構の財団法人をつくり、その一部に地元が加わることに。それによって、リゾートが失敗しても、ほかに転売されないような形にした。
ところが、それに反対する19人(4軒と経営する会社の従業員)が「竹富島憲章を生かす会」をつくり、裁判をおこした。公民館長だった私は被告席に座ることに。
受け入れを表明する記者会見を東京で開いたら200人も集まった。覚悟を示すため、指を切って血判をした。おかげで血染めの文書になってしまった。
いまコンドイビーチへ進出しようとしているのは那覇の企業ということになっているが、本土だと思う。11月8日に「説明会をして諒解を得た」という記事が載った。すぐに公民館から役場に「反対だ」というファクスを送った。
竹富島の3つの集落のうち1つは反対の決議文を送り、うちの集落(いんのん会)も明日には送る。
収蔵品4000点は前住職が集めた。それが5年前に国の有形身民俗文化財になった。県内では初。国内では6番目。
「藁算」「到来算」。わらでつくった飾り物のようなもの。上側は受け取った品物をあらわしている。
納豆のつとのようなものは、卵を入れる藁の入れ物。ひもを10回結んでいるのは卵が10個ということを意味する。
下には屋号のしるしがある。それで、だれから何をもらったかわかる。文字を読めないからそういう工夫をした。すんだら藁を結んでおく。
ペルーのマチュピチュを訪ねたら、インカの人たちもひもを使って記録するキープという道具を使っていた。
天野博物館に行ったら竹富の藁算があった。前住職が50年前に島の人につくらせて、おみやげ屋で売らせていたものだ。
それに50年ぶりに出会った。
手ぬぐいは女の人が手でつむいだから霊力があると思われ、お守りになった。オナリガミ信仰。ネクタイのルーツもローマ時代の同様の信仰だ。
防人を見送る松浦郡のサヨ姫もヒレ(羽衣のようなもの)を振って見送った。悲しみのあまり石になってしまった。哀しみで女の人が石になるという信仰は沖縄にもある。
沖縄は女性上位。昔は「通い婚」だった。
バレンタインのチョコように好きな人には手ぬぐいを贈る。それに対して男から首飾りが贈られたらOKのサインだ。
そうしたらミンサーを贈る。ミンサーの柄は5つと4つでできている。それが重なるとぴったりと正方形になる。
結婚すると9つと8つになる。「心がはまる」という意味。
婚活から結婚への4つの過程がすべて残っているのが竹富島。
ミンサー織りの両側の模様はムカデ。ムカデのように通ってきてという意味。
「24日にはえりちゃん(国仲涼子)が来るよ。夏川りみちゃんも来た。石垣のミンサー工芸館の社長は竹富出身。りみちゃんはミンサーの日の5月4日に結婚した。えりーちゃんもこの指輪にしてくれるかなぁ。ちゅらさんでは、小学生のときに彼氏とわかれるとき、彼はスーパーボールをわたして、えりーちゃんが五つと四つのお守りを贈った。意味は教えなかったけど、船が出るときに『将来もずっといっしょだよぉ』って言った」
形質人類学によると、アイヌと沖縄の人間は似ていて、入れ墨の文化もあった。入れ墨文化は明治時代に禁止された。お歯黒の文化も縄文に近いと思う。結婚した人は手の10本の指に弓矢の形の入れ墨をした。もとにはもどらない、という意味があるという説がある。
▽教科書問題
石垣市の市長がかわって、教育長の首をすげかえて教育委員もかえて、教員の意見ではもっとも評価の低かった教科書にした。ずるいよぉ。竹富町は正面から対決しないでゆるりとやった。沖縄のやりかた。琉球王国は近隣とうまくやるしか生き残れなかった。今の日本が見習うべきだと思う。
「高那旅館は司馬遼太郎が泊まった宿。料理がおいしいよぉ」
15時45分の船で石垣にもどる。
スイーツやフルーツを売っている店でマンゴーとパインのフローズンを食べた。それぞれ600円以上したがおいしい。
いったんホテルにもどって20分ほど仮眠してから夕食に出る。
市役所の近くのいかにも地元の人が行きそうな「しま膳」という店に入る。それが大正解。
バダラ(小魚)の空揚げ。鱗が立っている。さくさくしていて歯ごたえが抜群。長命草の揚げ物もついてきた。
テビチの空揚げ。割るととろっと肉と脂身がとけだす。おいしい。
アダンの芯の炒め物。
アダンは葉竹みたいな歯ごたえでおいしい。味付けもバイタンメンのよう。ベーコンとタマネギとニンジンと炒めている。味がぴったり。
島豆腐・モズク
石垣牛の寿司。1500円したが、この肉が野性味溢れていておいしい。しっかりと肉の味がある。
生ビールと、梅酒お湯わり、泡盛1合。
2人で7100円。牛肉の寿司を入れてこの価格だから満足度は高い。
20141220 (つづく)
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