朝、北陸道を立山に向かうと、目の前にまだらに白くなった北アルプスが屏風のようにつらなる。剱岳がとりわけ存在感がある。
立山ICを9時半に下り、10時すぎに立山駅に着いた。すでに周囲の山には雪がへばりついている。
ケーブルカーで美女平にのぼるとすでに雪だらけ。わずか1カ月前と一気に風景が様変わりしている。実は雪は数日前に降ったばかりで、高原バスも昨日は運休していたという。11月中でアルペンルートは閉鎖されるから土産物屋も店しまいの準備をしていて、品揃えは極端に少ない。
称名の滝はまっしろでどれが水の流れかわからない。
眼下に富山湾が広がる。「デコレーションケーキみたい」「ホイップクリームぬったみたい!」。そんなに腹が減ってるのか。
剱岳が目の前にぽっこり現れる。近づくにつれてどんどん大きくなり正面にそびえる姿は迫力満点だ。
12時すぎに室堂到着。
前回来たときから1カ月余しかたっていないのに一面銀世界だ。周囲の山小屋や旅館はもう閉館してしまい、バスターミナルのあるこのホテルしか営業していない。
双眼鏡で眺めると、立山の雄山や浄土山には登山者が列をなしてのぼり、スキーで次々に滑り降りている。Sの字を描くスキーの跡が斜面に無数に刻まれている。
目の前には色とりどりのテントがある。1年でこの時期だけ、ホテルの目の前にテントをはれるという。5月の連休を含め、ふだんテントをはれるのは雷鳥沢だけだそうだ。
スノーシューイベントの参加者は20人近くいる。本来は10人だが増員したそうだ。多くの人は男女別の相部屋だが、幸い2人の部屋をとれた。ベッド3つとソファーベッド1つがある広々とした部屋。ふだんは1泊2食2万円を超えるらしい。そんなところに泊まってスノーシューをやって3万3000円ならば、お得ではある。
着替えて14時15分に集合。アトラスというメーカーのスノーシューだ。借りたものは周囲がパイプになっているが、最新のモデルは周囲の枠にもギザギザがついていて、急斜面でもすべらずに安定して歩けるという。登りのときにかかとを持ち上げる金具もついている。どうせなら山に登れたほうがよいから、このモデルがおすすめというが、約3万円という価格は考えてしまう。
18人中男は6人だけ。若者に限れば男はゼロ。山ガールブームなのだ。
スノーシューはすべらせてかかとから着地するように体重をかけるとうまく歩けるんだそうだ。
ガイドのおじさん2人の案内で室堂周辺を散策する。
室堂小屋は、日本一古い山小屋だという。
雪の上に、花が散った後のガクだけが残ったチングルマが揺れている。雪が風下のあたる側に旗のようにくっついている。「エビのしっぽ」と呼ぶんだそうだ。風が一方向から吹くから、反対側にエビのしっぽのように氷がへばりついたのだ。
雷鳥の足跡があちこちにある。雷鳥は人を怖がらず、すぐそばまで寄ってくる。ということらしいが本物には出会えなかった。
4月に来れば、ハイキングコースを示すポールに上にとまっているという。
みくりが池のまわりをぐるりと歩く。
雪がないときはなんでもない散歩道だが、雪に覆われる刺激的なフィールドになる。
真っ青な空。目の前の立山の雄山や浄土山も、裏側の大日岳も間近にくっきり見えて、剱岳がちょっとだけ顔を見せている。
池はすべて凍っている。スケートをしたら楽しそうだ。さらに雪が積もっている4月には池は単なるくぼみになってしまうという。
あっという間に日が傾き、16時すぎには岩稜も雪もフィルターがかかったかのように赤く染まり始める。
16時半頃ホテルに到着する。
どんどん暗くなり、空は青黒く透明感のある宇宙空間のような色合いになる。テントにともる明かりがあたたかだ。まるで月面でキャンプしているかのような光景だ。
18時45分から夕食はバイキング。隣に座ったカップルは静岡市から来ている。2人とも日本酒が好きなようで、真剣な表情でメニューを見比べている。彼女は大分の富樫さんにどこか雰囲気が似ている。旦那がこだわりにこだわりぬいて酒を選び、奥さんは最後まで飲み続ける、という構図だとか。エクストレイルの4駆とジムニーを持っていて、青森やら四国1周やら、しょっちゅう遠出している。今回は「近距離だから」ジムニーで来たという。静岡〜富山が「近距離」かぁ。
食事後、5階のラウンジへ。窓から見える立山の町の夜景を見て、若い子らが「やばーい、きれー」と叫んでいる。すばらしいものを見て「やばーい」という言葉が出てくるところが若い。
ガイドをしてくれた高橋さんというカメラマンがスライドを上映してくれる。
高知県出身で剱の御前小屋で10年間つとめ、支配人もつとめた。朴訥としているけど、話はおもしろい。剱にのぼってみたいなあ、と思わせられる。ワインを1本(1701円)買って、飲みながらスライドを見た。
上映後、ガイドの山崎さんとその付き人のようにさまざまなイベントに参加している東京の「社長」と「部長」らと飲み会に。
23時前に解散。しっかり厚着をして双眼鏡をもって星を見に行く。昼間がマイナス5度ぐらいだったからおそらくマイナス10度程度だろう。テントの明かりがまだいくつかともっている。見上げると星が落ちてきそう。目の前にオリオンが輝き、小三ツ星に双眼鏡を向けると、普通の三ツ星のすぐ下に3つ並んでいるのがすぐみつかる。
そのまんなかの「星」が実は星雲であることも見てとれる。星図があったらアンドロメダも見えるかもしれない。天の川が目立つ季節ではないのに、全天空が天の川のよう。写真を撮ってみるが2秒とか4秒のスピードでは手ぶれが避けられない。
翌27日は6時起床。朝食もバイキングだ。
8時に集合する。きのうに比べるとずいぶんあたたかい。雪質もきのうよりはべたついているし、足跡やボードやスキーの跡が増えていてまっさらな白地が減っている。
地獄谷をのぞみ、さらに10月に泊まった雷鳥荘へ。
窓に板を打ちつけ、雪をかぶってすでに冬眠中。
さらにちょっと先へ向かい、雷鳥沢のキャンプ場の方向に急斜面を少しくだったところで大休止。
眼下の川を左手に下ると称名の滝に出るという。ここから引き返す。
奥大日などの頂上を見ると雪煙がたなびいている。稜線上はかなりの風なのだろう。
「大日岳の縦走路は花が多くていいよ。剱もきれいにみえる」とガイドさん。
スノーシューで稜線までは登れるが、稜線上は風が強くて岩が露出しているからアイゼンにはきかえるしかないという。
写真家の高橋さんはコンパスを持たずに歩いて、ホワイトアウトすると動かずに耐えるという。ホームグランドのように慣れた彼でも、まるで正反対に歩いてしまうことがあるというからおそろしい。天気がよければ雄山ぐらい簡単に歩いて行けそうなのに。
スノボー、テレマーク、クロカン……今年最後の室堂をそれぞれに楽しんでいる。なかにはピッケルを手にする本格派も。剱あたりまで歩くんだろうか。
11時半にホテルにもどって、イベントは終了。
喫茶室でカレー(1600円)を半分ずつ食べて、水だしコーヒー800円(ホテルの割引で500円)を1杯ずつ飲み、美女平にもどるバスに乗った。
帰途、立山博物館に寄る。高橋さんが住んでいる芦峅寺という集落だ。江戸時代までは信仰登山の拠点で、宿坊がたちならんでいた。廃仏毀釈によって荒廃し、食い扶持がなくなると、登山ガイドとなり、ウェストンらを案内した。今も山岳ガイドの集落として知られている。ネパールのシェルパのように、ガイドの集落にはそれなりの歴史があるのだということに感銘を覚える。日本の文化大革命とも言える廃仏毀釈がいかに暴力的であったかも、博物館のビデオを見るとよくわかる。自然・信仰・民俗……と、立山の全体像を知ることができる。スタッフの女性もきれいな子が多かったな。
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