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一宮寺から志度へ

 7時半に出発。マンションの外にでると、讃岐平野にニキビかピラミッドのように点在する山のむこうにオレンジ色の朝日が輝いている。


 黄色い帽子の小学生はかわいい。中学・高校の男の子、セーラー服の女の子、かわいい子を見つけてはドキドキしていたころもあったよなあ……早朝はなにもかもがみずみずしい。人間もそうかな。それじゃ哀しすぎるな。
 15分ほどで一の宮寺に着く。


 大きな荷物を背負った垢だらけの60歳くらいの男性とすれちがう。ヨタヨタと山門を後にする。大きな荷物には野宿道具一式がはいっているのだろう。そういう人も受け入れているとしたら、遍路道はふところが深い。でも「托鉢はダメ」「物乞いはダメ」といった張り紙が多い。しかたないとはいえ、せめて寺くらい、アジールであってほしい。

 お、水路と水路の間に祠がある。
 ひたすら2車線の車道を高松市街地に向けて歩く。歩道のないところが多い。栗林公園方面はやめて、どぶ川沿いに屋島方面に斜めにくだる。9時40分、JRをくぐり、すぐに琴電の踏切を横切る。海に近づいたためか、漁網が干してある。屋島がだんだん近づいてきた。


 国道11号にでてすぐ、セルフのうどん屋を見つけた。釜揚げうどん中(350)とチラシ寿司(150)で520円。揚げたての天ぷらも魅力だったが我慢。うどん、有名店じゃないけど、おいしい。


 コンビニでカロリーメイトとひげそりとカイロ計410円を買う。この930円+自販機のジュース120円=1050円が旅館をのぞいた本日の出費だ。

 テーブルマウンテンのような屋島がどんどん近づいてくる。ここに陣取った平家は、源氏が海側からくることを想定していたが、義経は徳島に上陸し、陸側から一気に攻め落とした。……現場を目の前にすると臨場感がでてくる。
 屋島は島といっても狭い川を1本渡るだけ。琴電も通っている。
 「ごくろうさま」「お疲れ様」「お若いのに感心ね」と何度も声をかけられる。やっぱり香川は別格だ。声をかけてくれる年寄りもまた、かつて遍路道を歩いたのだろうか。信仰だけで遍路を「えらい」「お疲れさま」と思うものだろうか。

 屋島のふもとに11時50分着。「21%の急坂」にとりつく。さすがに急だ。汗がふきだしてきてパーカーを脱ぐ。散歩の中高年が多い。みんな、あいさつをしてくる。正午過ぎに頂上の寺に到着する。台形の山だけあって、寺も平坦で広々としている。


 八栗寺方面の景色がすばらしい。八栗寺の山は、テーブルマウンテンのような屋島とはうってかわって、妙義山のようにごつごつとしている。左側は採石場になっているのか、斜面が茶色くえぐれている。屋島と八栗のあいだが源平の古戦場だという。
 下りの遍路道は、舗装してあった登りとうってかわって、急な土の道だ。爪が靴先にあたって痛い。右足薬指にも肉刺ができたようだ。1.6キロ降りるのに30分かかった。


 湾をぐるりと迂回して、正面の八栗山へ。斜面の家並みをのぼり、ケーブルカーの駅にたどりつく。行方不明のおばあちゃんの写真をもった女性が「この人をみかけたら讃岐署に連絡してください。水色の靴をみかけたら教えてください」と言う。このおばあちゃん、今ごろ遍路道のどこかにいるのだろうか。
 ケーブル駅の隣が参道(登山道)の入り口だ。ちょっと登った左手に草餅の店がある。寅さんも来たんだそうだ。舗装された急坂を25分ほどで山門に着いた。(14時25分)
 背景の岩峯と、本堂やかやぶきのお堂のコントラストがよい。同じ岩峯でも岩屋寺とはまた雰囲気がちがう。線香の煙が心地よい。

 下りは車道をたどる。眼下に志度の街が見える。さあ、どんなところに泊まろう。こぎれいなビジネスホテルが気楽でいいけど、ちょっと良い感じの旅館でもいい。なんて考えてるうちに右足のくるぶしと薬指が痛くなってきた。1回、靴ひもをしめなおし、そのときに旅館リストを開いて予約を入れる。


  1軒目の旅館はおばあさんがでてきて「うちは食事はだせませんが」。これはやめておこう。2軒目「富士屋旅館」に電話すると、はきはきした元気なおばちゃんだ。これはいける、と思って予約した。
 計2キロを下り、海沿いの集落にむかう。塩竃神社で休憩。松が茂り、小さいけど開放的だ。昔はこの場所が塩田だったという。


 

 国道11号には道の駅があるが、旧道を選ぶ。古い建物だらけ。立派な門構えの家も多い。昔は栄えたのだろう。古びた街道だなあ、と思っていたらそのまま志度の中心に入った。大きな商家や、アバンギャルドな和風の醤油屋、平賀源内の生と資料館もある。時間があれば見たかった。昔ながらの建物も多いし、何より、街道の商店街の雰囲気がいい。うまく町おこしをすれば人気を呼んでもおかしくない。


 志度は昔は桐下駄で有名だったが今は2軒しかない。今は漁業くらいだろうか。牡蠣の評判がよいという。醤油屋はかつては平賀源内の絵などを飾っていたが、焼失して、たてかえたという。(16時45分着)
 富士屋は、寿司や割烹の店もかねている。料理店を兼営している宿の食事は期待できる。4階建てのコンクリート建築だ。
 思ったよりも筋肉痛がない。今までで一番痛みの少ない遍路かもしれない。走っていたのがよかったのか、杖をつかったのがよかったのか。あいたた、あいたた、足を引きずりながらトイレに行ったときが嘘のよう。明日あたりひどくなってるかもしれないけど。

 夕飯は、ホタテや鶏肉、白身魚の鍋と、マグロとハマチとイカとフグの刺身。冬の名物という牡蠣のマヨネーズ焼きもおいしい。そういえば「かき焼き」という看板があちこちにあった。鯛を大根の薄切りでまいた酢の物もいい。もう一歩、魚にこだわるか、特別メニューをつくれば、さらによいだろう。
 元気のよい女将さんは3代目。創業70年で、母親は「100年になるまでやってくれ」と言っている。母の時代、女将の学生時代は、客が多くて、木造のぎしぎししていた旅館を建て替えることができたが、今はずいぶん客が減った。
 「元気なおばちゃん」と思ったら、今年結婚するという。あれま。「けっこうな歳なんですけどね」だそうだ。
 ビール大瓶(650)とお銚子(400)を頼んで、計7927円だった。(1泊2食6500(税抜き))

■1090127

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