久高島は20年ほど前、岡本太郎の「沖縄文化論 忘れられた日本」を読んで知った。
「後生(ぐそう)」と呼ばれる風葬の習慣が紹介され、海岸の洞窟に置かれた棺に横たわる白骨の描写が生々しかった。
12年に一度の午年の年、島で生まれた30歳(丑年)から41歳(寅年)の女性が祭祀(さいし)集団に入るイザイホーの行事など、独特な祭祀や民俗にもひかれた。
でも、岡本太郎が週刊誌に「後生」の写真を載せたことを信心深い村人が激怒し、風葬の場所そのものをコンクリートでかためてしまったと聞いて、長いあいだ訪ねるのをためらっていた。
南城市の安座真港からフェリーで30分、知念半島の東約5.5キロ沖に浮かぶ久高島は、長さ3.2km、幅0.6km、周囲8キロ、標高17mの平坦な島だ。サンゴが堆積してできた琉球石灰岩に覆われている。
フェリーが着く徳仁港は島の南西端にある。そのまわりに唯一の集落が広がっている。
久高島は1960年には人口641人だった。2021年4月は229人だが、漁師の多くは本土側に拠点を置いているため、島に実際に住んでいるのは150人程度という。
島のガイドさんに案内を頼んだ。
集落には、先祖をまつる社があちこちにたっている。
「神の畑」を意味するハンチャタイは島の中心で、そこにある石積みは天と地をつなぐとされている。
外間殿(フカマ)は島の二大祭祀場のひとつで、お堂の前が芝生の広場になっている。
正月にはここに全住民が正装で集まる。男の子は16歳の正月にここで拝んでもらうと、お神酒や土地の権利が与えられる。大人の仲間入りをした若者がお堂から出てくると、カチャーシーをみんなで踊るという。
久高島の地質は石灰岩だから水が少なく水田はできない。お神酒は麦でつくってきたそうだ。
集落でもっとも神聖な場所である久髙殿(御殿庭=ウドゥンミャー)という広場は、イザイホーなどの祭祀の舞台だった。東屋のように壁のないお堂「神アシャギ」(中)は、イザイホーのときは、ビロウ(ヤシ科)の葉で壁がつくられる。
岡本太郎は1966年のイザイホーを見学した。その次の1978年は催されたが、1990年は神女となる女性が足りず開かれなかった。祭祀の中心である「久髙ノロ」と「外間ノロ」の家系も途絶えてしまった。いま「神行事」を営める女性は80代と20代の2人だけという。
久髙殿の近くにある大里家は島で一番古いとされる屋敷だ。
琉球王朝第一尚氏最後の17代尚徳王がこの家に住むノロの女性と恋に落ちて入りびたり、首里に帰らなくなった。その間にクーデターを起きて王位を奪われ、尚徳王は海に飛び込んだ。
当時のノロは独身で王様の接待役をつとめていたが、この事件以来、既婚女性もノロになるようになったという。ノロは世襲ではない時代もあったのだ。
海蛇の味は鰹節
神アシャギの隣にはイラブー(エラブウミヘビ)の燻製小屋があり、鰹節のような香りがただよってくる。
この小屋で海蛇を1週間いぶすと重さは10分の1になる。だから1キロ1万3000円から1万5000円もするのだ。
昔は、久髙ノロと、外間ノロ、1人の根人(ニーチュ=男性神職)、祭祀の世話役である村頭2人だけがイラブをとる権利があった。ノロも根人も村頭もいなくなり、約15年間はイラブー漁ができなかった。その間にほかの地区でとれたイラブーが「久髙産」と偽装されて売られることがあった。
2005年から字久高(あざ・くだか)が管理して再開し、漁をする人を住民から公募している。完成した燻製は1キロ9500円でNPO久高島振興会が買い取っている。
イラブー漁は旧暦の6月24日から12月23日まで。産卵のため島の岩礁にやって来るのを素手で捕まえる。岩場は小柄でないと歩きにくいせいか、昔は女性の仕事だった
燻製になったイラブーは炭のように真っ黒だ。
小麦粉と酢で洗って湯で1時間煮て、それから圧力鍋で40分煮込むと、骨までかみ切れるようになる。
包丁で切って、豚肉や人参、大根、椎茸を入れてスープにする。
イラブーは万病に効き、年2回食べれば風邪もひかないという。
島の食堂でイラブー汁定食(2300円)を食べてみた。スープは鰹節をさらに濃くしたうま味がある。ウロコの形が残る黒い肌はグロテスクだが、口に入れると皮はシコシコしている。身は歯ごたえがあって、かみしめると独特のうま味がにじみ出てきた。
五穀のはじまり 琉球のはじまり
集落を離れ、島の周回道路を反時計まわりにたどってみた。
ヤシやアダンの森をくぐった白砂の「イシキ浜」は、五穀が入った白い壷が流れついたという伝説がある。その種子によって沖縄に穀物が広まったとされている。
西海岸にあるハタスという畑は、壺に入っていた麦の種を最初に植えた場所で、壺も埋められたと伝えられている。
イシキ浜の白砂の上に、灰色の小石が打ち寄せられている。2021年10月から11月にかけて小笠原諸島の海底火山噴火にともなって漂着した軽石だ。初日の出を船から見るツアーがあるが、2021年はコロナで、2022年は軽石で中止になった。
栄養食品として話題になったノニの原産地は東南アジア、防風林や屋敷林に使われるフクギはフィリピンや台湾。海の道を通ってやってきたのは五穀や軽石だけでないのだ。
東の水平線のむこうには神の国であるニライカナイがあると信じられてきた。国王が毎年この浜を訪れ、東に向かって拝礼していた。
海岸沿いの林のなかに小さな石の祭壇があり、今も「村行事」として大漁や五穀豊穣を祈っている。
「内地は天孫降臨といってタテの関係だけど、沖縄のニライカナイはヨコ。野辺送りでも、7人くらいがニライカナイに向けて手を合わせてから納骨するんです。自然崇拝だから葬式でも坊さんはいりません」
ガイドさんはそう説明する。
男はウミンチュ、女はカミンチュ
五穀豊穣を祈る「村行事」は男も参加するが、年30回はあるという「神行事」は女だけで催す。
久高島は耕地が少なく、1軒あたり2反程度の畑しかない。男はウミンチュ(海人)として漁労をなりわいとし、静岡のカツオ船などに乗る人が多かった。女はカミンチュ(神人、神女)として農業に従事しながら祭祀を担った。
島の北東端のカベール岬は黒々とした岩礁が突き出て、すぐ沖で潮が渦巻いている。
ここは沖縄の祖神であるアマミキヨが降臨、あるいは上陸したと伝えられている。アマミキヨは海から岩礁をよじのぼって白い砂の上を歩き、緑の森に分け入ったのだろう。手つかずの自然は神話の場にふさわしい。
タティマンヌワカグラー神(竜宮神)が壬(みずのえ)の日の早朝、2頭の白馬の姿でこの岬に来臨し、島を巡って大漁や健康を祈願しているとも伝えられている。
岬からは勝連半島や津堅島を望める。津堅島は人参の産地だからキャロットアイランドと呼ばれている。久髙島でも、土地改良で畑を整備する話があったが、神聖な場所だから踏み切れなかったという。
あちこちに「男子禁制」
島の東の太平洋側は砂浜が発達しているが、西側は断崖がつづく。
沖縄の「七御嶽(うたき)」の一つで、沖縄全体でも最高の霊地であるフボー御嶽は、そんな西岸の森にある。森のなかに広場があり、さまざまな祭祀が催されるという。
男子禁制。
かつては女性は入れたが、NPOを名乗る本島の宗教団体が2005年に侵入して周囲の木々を不法に伐採して以来、立ち入り禁止になった。ここだけではない。久高島には「男子禁制」の聖地があちこちにある。
「子どものころ『フボー御嶽に入ったらチンチンが腫れるよ』って言われてました。内地は女人禁制が多いけど、もとの古い信仰では男子禁制が多かったんだと思いますよ」
ガイドさんによると、女性は島のあちこちにある聖地で「気持ちがいい」「あったかい」などと何かを感じる人が多い。
ある人は貝塚の近くでいきなり号泣した。自分でもその理由がわからない。
「なんなんですか? これって?」
「あなたの先祖がきっとここにいたんですよ」とガイドさんは答えた。
「(神の化身である)2頭の白い馬が見えた」という人もいたそうだ。
風葬の名残
島の西海岸は墓が多い。海側の断崖のくぼみには昔ながらの亀甲墓がいくつもあるという。
岡本太郎が風葬の様子を撮影したのはこのあたりだ。
沖縄では大きな墓のなかに棺をおき、何年かして骨になったころに遺骨をとりだして洗い、厨子に入れて墓におさめる「洗骨」をしていた。
久高島では12年に一度、寅年の旧暦10月20日に一斉に墓を開け、遺族が骨を洗った。まだ白骨になっていないときは次の寅年まで待つこともあった。前回の寅年の2010年には12,3人の洗骨があったという。
今は大半の人は本島の病院で亡くなり火葬に付される。2022年は寅年だ。最後の洗骨になるのかもしれない。
以前、墓がない人は海岸の洞窟に棺を置いて、洗骨後の遺骨を納めた厨子もそこにまつられた。岡本太郎はその様子を見たのだろう。
島のあちこちに息づく神話や伝説を聴きながら歩いていると、この島は生と死のあわいに存在し、夕暮れ時の西海岸の森には精霊がうごめいているように思えてきた。
海辺にわきでる泉
隆起珊瑚礁でできた久高島では水が貴重だ。雨が地面に浸透して、西海岸の海面ぎりぎりの岩礁に地下水が湧く。イザイガー、ミーガー、ヤグルガー……といった7つの井泉が今も使われており、飲料用、洗濯用と、それぞれの役割が決まっている。水道ができるまでは明け方に女性が列をなして水をくみにきていたという。
イザイホーのときに女性たちが身を清める「イザイガー」という男子禁制の井泉もある。
洗骨に使うのは「ミーガー」という井泉の水だ。葬式後のお清めや出産でもこの水をつかう。生と死に深くかかわる神聖な泉なのだ。以前は真水だったが、すぐ上にできた海ぶどうの養殖場が海水を流すため、塩水になってしまった。
周回道路からミーガーのある磯に下っていくと、夕暮れの薄暗さもあって厳粛な空気を感じられる。ふと目を上げると、黒い岩礁に白い四つ足の動物が2頭突っ立っている。
エッ? もしかして神様の白馬?
目をこらすと山羊だ。カメラをむけると岩から岩へと軽快に飛び跳ねて去って行った。
「こんなところで山羊をみるのははじめてです」
ガイドさんも驚いている。
「2頭の白馬」の神話を聞いたばかりだったためか、2頭の山羊は常世あるいはニライカナイからの使者ではないかと思えてしまった。
ニガナ(ホソバワダン)の料理
島に自生しているニガナ。名前の通り苦い葉だけど、くせになる味。民宿のおばさんに料理法を教えてもらったけど、関西には生えていないようだ。
ニガナとレバーのみそ汁
ニガナをゆで、味噌を入れ、食べる前にレバーを入れてひと煮立ち。レバーは煮すぎるとかたくなるから注意。
ニガナのあえもの
千切りにして水にさらし、魚の刺身とまぜる。鯖が一番だが、ほかの魚でも可。塩とカツオのだし汁であえる。しょうゆをつかうと「ニガナが死んでしまう」という。
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