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千年の灯がともる「山寺」が生みだした経済と文化

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岩にしみいるセミとは?

20210902山寺立石寺山門まで (4 - 5)

 閑さや岩にしみ入る蝉の声

 有名な松尾芭蕉の句は「山寺」と呼ばれる山形市の立石寺で詠まれた。
 斎藤茂吉はこの蝉をアブラゼミと主張し、小宮豊隆は「しみいる」というのはアブラゼミに合わないことや、詠まれた日は7月上旬でアブラゼミは鳴いていないとして、ニイニイゼミであると主張した。茂吉は後に自説の誤りを認めた。
 京阪神では温暖化の影響で、シャンシャンシャンと狂ったように猛暑を演出するクマゼミが主流になり、ジージーとじわじわ暑さを感じさせるアブラゼミをはじめ、ミンミンゼミやツクツクボウシの声もめったに聞かれなくなってしまった。
 急に涼しくなった9月はじめ、JR仙山線山寺駅におりると、もうセミの声はなく、秋の虫のかぼそい鳴き声がひびいていた。

ブナで建てられた本堂

20210902山寺根本中堂へ (3 - 4)

 谷間の駅から山を望むと、緑の山のところどころに凝灰岩の岩や崖が露出している。岩肌にいくつかのお堂がはりついている。
 土産物店がならぶ参道を山に向かって10分ほど歩くと根本中堂(本堂)だ。ブナ材の建築物では日本最古だという。ブナは腐りやすくて狂いやすい。用材として役立たないから「橅」の字があてられたという俗説がある。根本中堂が1356年に再建された際、スギやヒノキを購入するお金がなくて、地元にあったブナで建てたといわれている。

不滅火は仏教より古い?

20210902山寺せみ塚まで (11 - 12)

 根本中堂には、伝教大師最澄が比叡山延暦寺にともして以来燃えつづけているという「不滅の法燈」がある。最澄の弟子慈覚大師円仁が立石寺を創建する際、本山である延暦寺から火を移したと伝えられる。戦国時代に堂宇が焼かれてとだえたが、延暦寺から再分火した。織田信長による比叡山焼討ち(1571年)後には、逆に山寺から延暦寺に分灯した。

20210902奥の院 (1 - 4)

 五来重は「仏教と民俗」で、不滅の法燈の歴史は寺よりも古いと推測した。山岳霊場信仰は仏教伝来以前からのもので、その信仰の中心が不滅火だからだ。
 立石寺の不滅火は根本中堂の法燈ではなく、奥の院常火堂の炉火だったが、1869(明治2)年に常火堂が焼失し、廃仏毀釈の嵐のなかで復活されなかったという。

20210902山寺せみ塚まで (10 - 12)

 入山料を払い、苔むした石段をのぼる。森のなかに、墓や石仏、石塔、石碑、磨崖仏が林立し、岩壁にはいくつも暗い穴があいている。洞窟から古い人骨も発見されている。仏教伝来のはるか以前から死の世界として崇められていたのだろう。

入定窟

20210902開山堂と納経堂 (1 - 4)

 奥の院の近くの、巨大な百丈岩の上に開山堂と納経堂がならんでいる。夜来の雨が止み、谷間の里と緑の山々に白い雲がたなびいている。この納経堂の下に慈覚大師円仁の「入定窟」がある。実際に人骨が見つかっているらしい。

20210902山寺下り (1 - 3)

 生きたまま洞窟にこもって死ぬ「入定」を選んだ僧たちの話を読んだとき、みずからの死を意志で制御することに圧倒されたが、第3代天台座主だった円仁は比叡山で死んでおり、そもそも立石寺の創健者であるかどうかも定かではない。入定窟にあった人骨は、実際に寺を創建した円仁の弟子なのかもしれない。

宗教と紅花と芋煮会

 いったん谷まで下り、反対側の斜面をちょっとのぼると「山寺芭蕉記念館」がある。奥の細道で芭蕉がよんだ句とその解説がくわしいが、それよりも紅花関連の展示にひかれた。
 紅花は中近東かアフリカが原産地とされ、シルクロードをへて日本に伝えられた。
 円仁あるいはその弟子の安然が伝えたという伝説があり、江戸初期には全国の半分を山形で生産していた。
 紅花は黄色い花だが、黄色の色素を川で流して抜くと紅が増す。「米の100倍、金の10倍」といわれるほど高価だった。
 紅花を上方にはこんだ船頭が、地元の里芋と、北前船の積荷だった棒鱈を川原で煮て食べたのが山形名物「芋煮会」の発祥という説もある。また、山形青菜(高菜の一種)を漬ける「おみ漬け」は、くず野菜を無駄にせず、漬物にして食べた近江商人の倹約に由来し、「近江漬」が「おみ漬」に転化したといわれている。

20210902山寺性相院まで (2 - 2)

 山寺によって紅花がもたらされ、山寺は比叡山と関係が深いから近江商人をひきつけた。彼らが紅花を上方にはこんで莫大な富をもたらし、山形に上方文化を伝えた。
 山寺という宗教拠点が経済活動やさまざまな文化を生みだす基盤となった。江戸時代までは、信仰と経済とは切っても切れない関係だったのだ。

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