ニシン番屋の記憶
石狩川河口付近を渡って日本海岸を北上した旧厚田村の道の駅に能登半島(石川県)の酒を売っていて驚いた。旧厚田村が旧門前町と友好都市だったため、今も石狩市と輪島市の交流があるのだ。輪島に住んでいたころ、市長がしばしば石狩市を訪ねていたのを思いだした。
旧浜益村(2005年に石狩市に編入)の「はまます郷土資料館」に立ち寄った。
1899(明治32)年に建てられたニシン漁の番屋(370平方メートル)を修復して1971年に開かれた。
建物に入ると、左側は雇われた漁夫たちのためのスペースで、壁際に蚕棚のような2段の寝床が設けられている。ここに100人以上が寝泊まりした。右側は、網元(親方)の居住スペースで座敷がしつらえられている。
屋根上には入母屋形式の塔があるが、望楼ではなく煙抜きだ。
案内してくれたおじさん(1950年生まれ)の父は船頭として手こぎの船を操っていた。幼いころは、海沿いに同様の番屋が数十軒もたち、漁夫たちでごったがえしていた。
春、産卵のためニシンが沿岸に押し寄せる様子を「群来(くき)」と呼んだ。波全体が銀色に光ってうねり、浜に打ち上げられピチピチとはねるニシンをバケツに拾い集めた。
船からウインチを使ってニシンを陸揚げして、腹を裂いてカズノコを取りだす。大鍋ひとつあたり260キロのニシンをゆで、圧搾機でギュッとしぼると約94キロの「玉」になる。これを乾かして90キロ詰めの俵で出荷した。しぼった液から抽出した魚油は石けんの材料になった。
幻の魚復活の兆し
1955年からパタリとニシンは来なくなった。
浜益の水揚げは最盛期は4万1250トン、1954年は9732トンだった。それが翌55年には60トンに激減した。
大半の番屋はつぶれ、あっという間に閑散としてしまった。
かつて大漁をもたらしたニシンは「北海道・サハリン系」と呼ばれ、サハリン沖まで大きく回遊していた。今わずかに獲れるニシンは積丹半島から稚内までの狭い範囲を回遊する「石狩湾系」だ。「昔のは脂がのって身がしまっていておいしかった。今は小さくて脂が少なくて、身も柔らかくて味も落ちる」とおじさんは話す。
浜益の最後の群来は1955年だが、直線距離で100キロ離れた余市では1934年と聞いていた。20年の開きがある。ニシンを追って北へ北へと漁場が移り、ついには北海道沿岸からニシンは消えてしまったのだ。
ただ2000年代に入ると、北海道の各地でちらほら群来が観測されている。
北海道全体のニシンの水揚げは最盛期の1897(明治30年)の97万トンが、1990年代後半には2000~3000トンに落ちていた。それが最近は1万トン程度まで回復してきたという。
毛のない男があこがれた駅
浜益から国道231号をさらに北へ走り、絶壁の海岸をたどって長いトンネルを抜けると雄冬だ。
1981年までは車道がなく、1日2便の連絡船で訪ねるしかない陸の孤島だった。「Dr.コトー診療所」のロケ地にもなった。雄冬岬展望台から天売島が見渡せる。
さらに20キロほど海岸を走ると増毛町の中心街に入る。
留萌から増毛まで16.7キロは2016年まで鉄道が走っていた。終着駅の増毛駅の入場券は、1974年ごろから髪の毛が薄い男性に人気が出て、男性用カツラのCMに登場すると1981年11月に月間最多の1万4730枚を売り上げた。だが84年に無人駅になり、駅では入場券を買えなくなった。
増毛から留萌までの鉄道は「ニシンを運ぶ手段がほしい」という声によって1921(大正10)年に開業した。ニシン景気は、鉄道を呼び込むほど沸き返っていた。
大富豪がつくった酒蔵
旧増毛駅の駅前には、旅館冨屋と風待食堂がならぶ。道路沿いには戦前の石造りの建物が点在する。
ひときわめだつのが「本間家」だ。1890(明治23)年から1902(明治35)年にかけて建てられた。初代の本間泰蔵は新潟の佐渡島に生まれ、1873(明治6)年に単身小樽にやって来て、75年から増毛で荒物雑貨の商売をはじめた。
ニシン景気で飛ぶように売れ、呉服やニシン漁、海運、醸造などにも手を広げた。とくにニシン漁と海運で莫大な利益をあげ、最盛期は10隻以上の船を運用する大富豪にのしあがった。
鉄道が開通したため1930年に海運部門をたたみ、その後も不採算部門を閉じ、いまは酒造部門だけ「國稀酒造」として残っている。最北端の酒蔵だ。
酒蔵を見学したら、「つるつる→増毛→ふさふさ」と記された駅のプレートが飾られていた。
この日は留萌に泊まった。高校時代、函館本線の深川駅から留萌駅を経て羽幌線に乗り換え、稚内まで北上した。
羽幌線は1987年に廃止され、留萌ー増毛間もなくなり、留萌はどんづまりの終着駅になってしまった。延長50.1キロの留萌本線は、日高本線(30.5キロ)に次ぐ日本で2番目に短い「本線」となった。JR北海道はこの路線の廃止を検討しているという。
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