ホテルの部屋でパンを冷たいお茶で食べて6時15分出発。朝は足がぎくしゃくしていたが15分もするとスムースに動くようになった。
28分、高速道路をくぐって公園を突っ切ると「本街道」に入り、坂出の中心街に向かう。
6時45分、本町(もとまち)商店街のアーケード。
「住友肥料」「讃岐醤油画資料館」といった古い商家が残っている。香川って醤油が有名だったっけ。麦を作っていたからだろうか。それにしても既視感がある。どこかのまちの記憶なのか15年前の記憶なのか。
駅前通りと交差してアーケードは終わる。しばらくしてわき道に入り踏切を渡る。ここは複線。しかもしょっちゅう踏切が鳴る。ローカル線ではないのだ。
7時25分、八十蘇場の水(八十場の水)。自販機がなかった時代、わき水はありがたかったろう。「清水屋」というところてんの店がある。やっぱり覚えている。地下水だからあたたかい。やわらかい味の水だ。崇徳上皇を遺体を洗ったのはこの水らしい。
7時半、白峰宮に。ここには「力石」が5つもある。どれも持ち上がりそうにない。楠のご神木は樹齢500年だ。
神社の隣が天皇寺(高照院)。鳥居の内側にあり、神社に付属している小さな寺だ。崇徳天皇が滞在したため、昔は崇徳天皇寺という名前だった。寺社奉行を勤める寺だったため明治の新体制で廃止され、高照院が入ってきて護持した。廃仏毀釈とは関係ない、との納経所の女性の説明だった。
昨日歩きすぎたせいかペースが遅い。
鴨川駅の手前で線路を渡り川を渡って河川敷をたどる。8時半、歩き遍路向けの休憩所「加茂駅」。ふつうの民家がやっているようだ。
国道11号をしばらく歩いて左の狭い道にそれる。旧道を歩いて9時18分に国分寺に着いた。途中、コンビニかうどん屋に入るつもりだったが、店がなかった。これから山に入るが、食料は調達できなかった。
特別史跡の国分寺の山門は豪勢だ。平地の寺だが山を背にしているから落ち着きがある。広々とした境内は山門から本堂に向けて松並木が残っている。鐘楼の釣り鐘は、奈良時代に鋳造された四国最古のものだという。大師堂は納経所や物品売場の建物のなかにある。売場から窓越しに御大師さんを望む。納経所のおばさんとおばあさんがしきりにおしゃべりしていた。
9時40分発。寺の裏にそびえる台地状の山に向かう。小さな山に見えるが、想像以上に深いことに後で気づいた。
墓地をのぼりつめて山道に。急な登山道の途中に石鎚神社がある。さらに登って10時44分に県道の「一本松」に出た。標高380メートル
自衛隊の演習場のフェンス沿いに県道を下り、右の山道へ。「摩尼輪塔」を経て、11時40分、81番白峯寺の山門に着いた。標高280メートル。
山門からさらに石段をのぼると、えとをテーマにしてお堂がいくつもあり、一番上に重文の本堂がある。
さっきの白峰宮もそうだが、こちらも崇徳天皇と関係があるらしい。
下の護摩堂にもどって納経する。無愛想な太った坊さん。でも納経窓口のわきに「夏みかん1個ずつお接待」とあるのはうれしい。歩いているとほんのちょっとしたものがおいしいし、ありがたい。夏みかんは歩きながら食べて昼飯がわりになった。もちろん薄皮ごと食べた。
標高400メートルぐらいまで登り、一度谷間まで下り、もう一度登り返すと標高450メートルの尾根を走る県道に出た。このあたりが坂出と高松の境界だ。
車道をちょっと歩くと「足尾大明神」とトイレを備えた中山峠の休憩所に着いた。雅子ちゃんにもらったプロポリスのど飴と夏みかんがきょうの行動食になった。
ふたたび山道に入り、13時44分、展望のよい斜面に「遍路小屋五色台」。宿泊もできる立派なへんろ小屋があり、その前に設けられた棚に「ハーブ園で栽培したハーブティーです。ご自由にどうぞ」と飲料のタンクがある。レモングラスのハーブティーはさわやかでおいしい。「子どもおもてなし処 若竹学園」と書いてある。若竹学園ってどんな学校なのだろう〓。
山道を下り13時55分に根香寺の山門前におりた。24キロ。バスに集団お遍路が吸い込まれるところだった。車道がない時代の寺に来てみたかった。
山門の脇には「牛鬼」の3メートル近い高さの像がある。千手観音が牛鬼を退治した、という伝説があるそうだ。「牛鬼」というよりウルトラマンの怪獣のように思えた。〓
仁王門をくぐり、階段を一度下って、すぐのぼり返す。昭和6年に建てられた役行者の像がある。修験とも結びついている。
一番上にある本堂は、回廊になっている。薄暗い回廊部分には小さな観音像が数千体も並んでいる。「万体観音」で永代供養するようだ。
本尊の千手観音木造は平安時代の桜の一木造で重文だ。見たかった。遍路をすることで仏像の美しさがちょっとだけわかってきた。
展望のよいへんろ小屋まで山道をもどり、そこから「一宮寺」の標識に従って小径に入る。
気持ちよい山道だけど、ほとんど下らないで等高線に沿って歩く。この道でよいのか? と不安になる。しばらくして一気に下り、車道に出た。「一宮寺まで行くんです」という若い男性遍路が、走って追い抜いていった。
時折遍路道でショートカットして下る。盆栽や植木の松があちこちに植わっている。
しばらく下り、鬼無駅に近づくと「盆栽の里 鬼無」という大きな看板があった。なぜここは盆栽の里になったのだろう〓
15時44分、駅に着いた。30.4キロ。線路の反対側の「百百家旅館」へ。
建物は古いが、おかみさんは感じよくて、広くて心地のよい部屋へ案内してくれた。洗濯もできてよかった。(つづく)
コメント