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土佐遍路 神峯寺

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安田の町、城のような家々

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道標

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倒れてこないのかな

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遍路道へ

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本堂よりこんな像に親しみを感じる



 朝、東向きの部屋の窓を開けると、目の前は奈半利川の清流が流れている。
そのむこうに山の稜線が横たわり、空は真っ青に澄み切っている。
 8時発。なぜか右膝の裏が痛い。ちょっと嫌な部位だ。
30分ほどで安田町の中心部にむかう旧道に入る。(高知52キロ、神峯寺7キロ)
安田川をわたるとすぐに役場だ。
 土佐鶴の本社工場がこんな静かな町にあるとは驚き。
城のような構えの立派な家が多いのはそのせいか。
しかも安田町はハウス園芸発祥の地だという。
「こんな家、家にとじこめられているようでいややわ。2世代を前提にしてるやろ。嫁にはつらいで」とサル

 寺への分岐点には9時10分着。
左足の付け根も時折痛む。こちらのほうが膝裏の痛みより気になる。
が、ちょっと休むと軽くなった。
 田園風景のなかをつらつら歩き、線路をくぐるとまもなく急坂に。
「寺まで4キロ」
大ざっぱな地図で見たかんじでは2,3キロかと思っていたが、かなり遠い。
5万分の1の地図を忘れたのが痛い。
 途中あつくなって上着をぬいだ。きのうの寒さとは一転して、とろとろととろけそうなあたたかな日差しだ。
 田圃の刈り取ったあとの根っこ部分から芽吹いて、若草色に輝いている。
やはり南国なのだ。
 「車道なら1.8キロ、遍路道なら1.5キロ」という看板がある。
当然、蛇行する車道を串刺しにするような遍路道をたどる。
これがけっこう急で、むしろ車道を歩いたほうが早いくらい。
汗をかきかきのぼると、展望台にでた。
眼下には太平洋が広々と広がり、海沿いの平地に無数のビニールハウスが白く輝いている。

 10時45分、寺に到着する。
 神社も隣接しているが、長い石段をのぼらなければならない。
とてもその元気はない。
 寺の山門の屋根の銅板をふきかえる工事をしている。
トンテンカンという音が静かな山にこだまする。
ヒノキがまっすぐにのびて、その下にはシャクナゲの木。5月ごろには美しかろう。
標高630メートルの山寺だけあって、わき水がおいしい。
 納経所で「歩きです」というと、蜜柑を「お接待」してくれた。

 話しかけてきた宮崎のおじさんは、正月と連休に毎年歩いている。
杖2本を駆使して軽快に歩いている。手慣れたもんだ。
「室戸岬の御厨人窟(みくろど)はどうでしたか?」と聞く。
「洞窟で、なんというか、ま、いいところですが……」と口ごもると、
「弘法大師が洞窟のなかから海と空を見て空海と名づけたという洞窟、楽しみにしてるんです」
 なるほど、そういう文脈だったか。チンシュンシンの空海を描いた本を薦められる。

 11時半発。遍路道を行く宮崎のおじさんとわかれ、車道を小走りにくだる。
 早い早い。遍路道と何度か交差するが、そのたびにおじさんとの差が広がる。40分ほどで麓までおりてしまった。
 集落でおばあさんから声をかけられた。
「お山に行ってきなさったか」
 寺のことを「お山」という。
 高知の人は大阪の人のように人なつこい。(12/30 :つづく)