明るい農村のサイドビジネス

 秋晴れの日、車で2時間ほどかかる田舎の一軒家カフェに行った。
 山の麓のその地区は、「奇跡のリンゴ」のおじいさんを招き、農協が無農薬栽培を推奨するような「先進地」でもある。道の駅で農産物を買うのも楽しみのひとつだ。
 りんご、柿、そうめんかぼちゃ、かぼちゃ、水菜、白菜、ごま、どくだみ茶を買った。

 カフェに入るのは2度目。暖炉には薪、テーブルには膝掛けが用意され、暖かな冬仕様の内装になっていた。
 味の濃い秋野菜が添えられたカレーを食べていると、地元のばあちゃんがやってきた。
 デザイナーでもあるマスターに、名刺のデザインをお願いしていた。
 ひととおり相談事が終わり、テーブルでコーヒーを飲むばあちゃんに話しかけてみた。
 「名刺、作るの?」
 ばあちゃんは恥ずかしそうに、
 「いやあ、仲間と一緒にね」
 地区の女性達が集まって、なにかおもしろい取り組みでも始めるんだろうか。
 「ビジネスウーマンやね!」とからかうと、
 「いやあ〜」と、まんざらでもない様子だった。
 てっきり農産物の加工品でも売るのかと思いきや、輸入の健康食品を扱うのだという。
 
 「ガンが治った」「うつが治った」「歩けない人が歩けるようになった」「全身の低温やけどがヒト瓶振りかけて治った」(「低温やけど」って全身になるの?)、薄めれば農薬の代わりにも使える等々…「効用」を聞かされた。
 (あちゃ〜…)と思いながらも、(ま、健康食品で気が済むなら…。せいぜい詰まない程度にね)…と聞き流していた。
 そしてしまいには
 「あんたの住む町でもやってみない?」とすすめられたので、
 「よそ者やし、友達がいないから」と断った。
 楽しみにしていた食事の味も、もうなんだかわからなくなってしまった。

 デザートのシフォンケーキはしっかり味わおうと思い、まだモノ言いたげなばあちゃんに違う話題を振ってみた。
 「渋柿の渋って、どうやって抜くの?」
 「ごまの細かいゴミってどうやって取り除けばいい?」
 「干しイモってどれくらい干すの?」
 ばあちゃんは、身振り手振りで教えてくれた。
 健康食品を奨める時とまるで違う目の輝きに、私は思わず
 「こんな空気のいいところで、農作業でしっかり体を動かして、たくさんおいしい野菜食べて、これ以上健康的な生活ってないやん!?健康食品なんかいらんやろ?」と言うと、ばあちゃんはまた真剣な顔に戻り、
 「それではバランスが悪い」と、また、「効用」を語る時と同じような、前に誰かにそう言われたかのような不釣り合いな言葉を返してきた。

 気になって、家に帰ってネットで調べると、その健康食品は、仲間を増やして配当金を得るという、いわゆる「マルチ商法」だった。
 「全世界で1万人の会員」を誇り(←「全世界」のわりに少ない)、割引総売上の8%を会員に還元し(バランスシートは非公表)、会員を増やしたり、売り上げの多い会員には、配当率が増える。しかも配当金は「タヒチアンドル」(←ってのがあるんだ!)だ。
 地銀さえ車で30分もかかり、日本円の両替でさえ難儀するこんな山あいで、どうやって「タヒチアンドル」を円に換金すんねん!
 配当金受け取りの際の為替リスクは?
 輸入商品だけに、為替差益はどうやって反映されるの?
 疑いだしたらキリが無かった。
 TPP参加で農業も競争力…なんて都会の官僚が思っても、出稼ぎ先の工場もなくなった地方の農家は、現金収入を得るために、マルチ商法で「兼業」(リスクヘッジ)するこの現実。(もちろん一部でしょうが)
 「競争力」以前に、小規模農家をどう守るのか…を、誰が考えてくれているのだろう。
 それよりも、あ〜、ばあちゃん、早く手を引いてくれ〜!!

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